猫

【猫の語源】なぜ猫と呼ばれ、書かれるようになったのか

普段何気なく使っている「猫」という言葉や漢字ですが、どうしてそう呼ばれ、そういう表記になったのかという語源や成り立ちを考えたことはありますか。いずれも諸説ありますが、調べていくと、日本人と猫の歴史を知ることができ、興味深い世界を見ることができます。

猫(イエネコ)の学名

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動植物には万国共通の命名規約に基づいた名前が付けられており、それを学名と呼びます。そして、学名は分類(門、網、目、科、属、種)ごとに付けられており、種を表すには、属名と種名を併記します。私たちが一緒に暮らしている猫は、全て「イエネコ」という種に属しています。しかし、分類学は遺伝学の進歩とともに日進月歩で進んでおり、イエネコをヨーロッパヤマネコの亜種とする説とヨーロッパヤマネコの別種とする説の両方が存在しています。ヨーロッパヤマネコの亜種とする場合の学名は「Felis silvestris catus(フェーリス・シルウェストリス・カトゥス)」(ネコ・野生の・ネコの意)、ヤマネコの別種とする場合の学名は「Felis catus(フェーリス・カトゥス)」(ネコ・ネコの意)となります。このように、名前には意味があります。では、私たちが普段慣れ親しんでいる「猫」という名前には、どのような意味があるのでしょうか。今回は、猫の語源について考えてみたいと思います。

猫の語源

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猫の語源については、諸説あります。その中のいくつかは、皆さんもきっと目や耳にされたことがあると思います。では、猫の語源とされる説を一つずつみていきましょう。なお語源については、主に中村浩著の「動物名の由来」(東書選書66)を参考にさせて頂きました。

「鼠を好む」「寝るを好む」説

貝原益軒著の「日本釈明」には、『ネコのネはネズミ也。コはコノム(好む)也。ネコとは鼠を好むけものの意也。一説に猫はよく寝るものなり、寝るを好む意ともいう』と記されているそうです。ネが表しているのが鼠なのか寝るなのかの違いはありますが、いずれにしろそれを好むのが猫だということのようです。

「ネコマ」が略されてネコになった説

平安時代(承平年間)ごろに成立したと言われている「順和名抄(したごうがわみょうしょう)」(和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)ともいう)によると、ネコのもとの呼び名はネコマであり、ネコマのネコは寝子で「よく寝るもの」の意を表し、マはムと通ずるので「好む」のムであるとされているそうです。結局、この説も意味としては「寝るのを好むもの」ということになります。一説には、ネコマは寝高麗(ねごま)で、韓国渡来の言葉であるとも言われているそうです。また、契沖(けいちゅう)著の江戸時代の随筆「円珠庵(えんじゅあん)雑記」には、猫は鼠子待(ねこまち)の略である。猫は鼠を待ち伏せして狩をするので寝子待となり、ネコマとなったのだという解釈が書かれているそうです。

さらに、江戸時代後期に書かれた服部宣著の「名言通(めいげんつう)」には、『猫はネコマ也。ネはそのよく寝ることをいふ。ネを略してコマともいふ。コマはネコの古名なり。コマはもとクマと呼びしによる。クマは熊なリ、熊は強きものなればこれを取用いてその名とす』と書かれているそうです。昔は、猫は強い獣である熊の名を借りてクマと呼ばれたが、それがコマとなり、かつよく寝るのでネコマとなって、最後は略されてネコになったという解釈のようです。意味合いとしては諸説ありますが、ネコマが略されてネコになったという説は、平安時代の昔から言われていたようです。

日本における猫の歴史

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猫の語源や猫の暮らしに関する歴史は、日本の古い書籍から知ることができます。では、日本最古の猫に関する記録はなんなのでしょうか。これも、研究者によって異なるようですので、2つの説をご紹介します。まず、弘仁13年(822)頃に成立したとされている「日本霊異記(りょういき)」です。これは、日本最古の説話集だと言われています。上・中・下の3巻構成なのですが、その中の上・第三十に猫が登場します。死者の転生した姿が描かれている話です。亡くなった父親が、空腹を満たすために姿を変えて息子の家を訪ねました。1年目は大蛇に、2年目は犬の姿になりましたが、どちらも家に入れてもらえませんでした。そして3年目に猫に姿を変えたところ、ようやく家に入れてもらえて3年分の空腹を満たすことができたという話です。

当時の猫は貴重な生き物で珍重されていたことが分かります。ただし、原文での漢字表記は猫ではなく「狸」なのだそうです。次の説は、第59代の宇多天皇の日記で「宇多天皇御記」と呼ばれるものです。この日記の中の寛平元年(889)2月6日の日記に、当時23歳の宇多天皇が「暇ができたので猫のことを書いておこう」という書き出しで、自分が買っている猫のことを書いているそうです。既に亡くなっていた父親の光孝天皇から譲り受けた唐猫で、墨のような漆黒の毛色を持ち、体長は1尺5寸(約45cm)、高さは6寸(約18cm)で伸びをすると2尺(約60cm)になる。

既に5年も可愛がっていて、毎日乳粥(にゅうのかゆ)を与えていると記録されています。乳粥は当時の高級品で、宇多天皇は猫が自分の言葉を理解していると感じていたようです。当時は藤原氏の政治闘争の真最中で、天皇の権力が弱まっていく厳しい時代でした。宇多天皇は、猫がいたからその試練を乗り越えられたのではないかと言われているそうです。猫の語源について書かれている書物も、平安時代以降であり、日本最古の猫の記録も平安時代のものでした。しかし、日本最古の猫の骨は、長崎県壱岐島のカラカミ遺跡という弥生時代後期半ばの遺構から発掘されました。

2011年のことです。この発見により、日本人と猫の暮らしは、私たちが考えていたよりもっと古く、弥生時代後期頃には始まっていたのだということが分かりました。どうやら、平安時代に猫のブームが訪れ、その後江戸時代にも猫のブームが再び起こり、そしてまた現代でも猫ブームが再燃しているということのようです。猫が猫と呼ばれるようになったのは平安時代以前のことで、平安時代には「猫はネコマが略されてネコになったのだ」と言い伝えられていたということのようです。

猫の漢字の由来

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猫が「ネコ」と言われるようになった語源についてみてきました。ここで、「猫」という漢字について考えてみたいと思います。前述の通り、日本最古の猫の記録だと言われている「日本霊異記」の中では、猫は「狸」と表記されていました。猫は中国から日本に渡ってきました。元々、中国では猫のことを表す漢字が「狸」だったと言われています。そのため、「日本霊異記」では猫のことを「狸」と書いていたようです。しかし、「宇多天皇御記」では、『朕閑時、述猫消息曰』と書かれており、猫のことを狸ではなく猫と表記しています。このことだけで考えると、「日本霊異記」から「宇多天皇御記」の間の60年程度の間に、日本で「猫」という漢字が生まれたのではないかと推測できます。そして、「猫」という感じの成り立ちについては、次のように言われています。

1、しなやかで細い体を表す「苗」に獣偏を付けて「猫」になった
2、猫の鳴き声に似ている「苗(みょう)」に獣偏を付けて「猫」になった
3、苗を荒らす鼠から苗を守ってくれる獣なので「猫」になった

漢字の成り立ちについても諸説あるわけですが、いずれにしろ「猫」という漢字は中国ではなく日本で生まれた漢字のようです。

まとめ

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猫に関する記録は、平安時代から始まっています。平安時代、猫は上流階級のペットとして宮中で大切に飼われていました。紐と首輪でつながれて飼われるのが一般的だったようです。その後、江戸時代に再び猫のブームが起こり、放し飼いが一般的になって猫は庶民の生活の中にどんどん広まっていきました。その姿は、浮世絵として多く残されています。このように、猫は昔から日本人に愛されていました。きっかけは、猫の語源からも分かるように「鼠を捕る」という点で猫と人の利害が一致していたからなのでしょうが、それ以上に日本人と猫とは心を通じあわせて暮らしてきました。その関係が、これから先も長く続くよう、猫と一緒に暮らしている私たちが努力を続けていきたいものです。

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